東京都西東京市プロテスタントキリスト教会・東京若枝教会

東京若枝教会

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 ようこそ!教会は心のくつろぎの場です。
  教会は魂の深い渇きが満たされる場です。
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お知らせ  

ジョイタイムに関するお知らせ

毎週日曜日 13:30 ~ 15:00 でお待ちしています。詳しくはジョイタイムをご確認ください。

ママとキッズのホッとタイムに関するお知らせ

幼児向けプログラムを開催しています。詳しくはホッとタイムをご確認ください。


新型コロナウイルス対策を踏まえた教会活動の注意事項に関するお知らせ (2023/11/24 更新)

動画  

礼拝メッセージ  

10月18日 聖日礼拝 桑原晴美伝道師  

「キリストの愛が私達を招く」 ヨハネの黙示録3章14〜22節

ラオディキアの町には水源がなかった。10キロほど離れたヒエラポリスから湧き出す温泉の水を引いていた。その熱い水はラオディキアに届くころには生ぬるくなっていたのである。一方でコロサイの町のように冷たい新鮮な水が湧き出すこともない。水の源を持たないラオディキアの水は生ぬるいのである。
イエスはあなたの源は何かと問う。
火で精錬された金とは試練の中にあって練られた私たちの信仰であり(�汽撻謄蹌院В掘法�白い衣は私たちの罪の恥を覆ってくださる神の義認である。目薬によって閉ざされた霊の目が開かれ、教会の真ん中に立っておられるイエスを見ることができる。
イエスは「わたしから」買えと。私たちの命の源であるイエスに求めよと言われる。
イエスは戸の外に立ってたたき続けている。この戸は私達が開く責任がある戸である。キリストの愛の招きに応答して、神に立ち返る決意をもって、神に向かって私達のすべてを余すところなく開く戸なのだ。

10月11日 聖日礼拝 下村明矢先生  

「怪物をも愛される主 」 創世記49章1〜3、5、10、22、28 節

 聖書で好きな人はいますか?私は新約ではペテロ、旧約ではヤコブが好きです。この一言で私のキャラクターがお分かりになったことと思います。ヤコブは、自らの地上生涯のほぼ最後のある日、各部族の長である息子たちを呼んで、彼らの祝福を祈ります。中にはとんでもない事件を起こした者もいました。どう祝福したらよいか分からない外れ者も。しかしヤコブはそれぞれに「only oneの祝福」を祈り、その後、自ら全てを委ねて、自分の民に加えられて行きます。彼自身、最後は「委ねる祝福」に生きたのです。子供たちのこと以上に、ヤコブも大変な生涯を送ったからです。しかし、波乱万丈の末、彼はその人生を通して文字通り「尻上がりの祝福」を神から頂きます。あのヤコブが・・・です。これぞ生まれる前から「兄ではなくあなたを」と言われた神の主権であり、ここに私たちの安心があります。生まれる前からヤコブは「わが祝福の対象」と、名指しで呼ばれていたのです。その同じ言葉は、今あなたにも投げかけられています。

10月4日 聖日礼拝 富居博典牧師  

「十字架のことばは神の力」 コリント人への手紙第一 1章18〜25節

手紙の冒頭でパウロは、コリントの教会が「キリストにあって豊かな者」(5節)であり、「熱心に私たちの主イエス・キリストの現れを待ち望む」(7節)ことを神に感謝している。しかし十字架のことばを見失いかけていた。その背景に人の能力やこの世の知恵を誇る価値観が、信仰に入り込んでいたのだ。そこでパウロは、知恵のことばによらず福音を宣べ伝え、キリストの十字架を中心に据えたのである。コリントの教会に書き送られた1章18節のみことばをどのように捉えることができるか。
1. 滅びる者たちには愚か
救い主であるイエス・キリストが十字架につけられたことは、滅びに向かっている者にとって愚かにしか見えない。この世の知恵に比べて何の魅力も感じないのだ。
2. 救われる私たちには神の力
罪と死を打ち破りよみがえられたキリストによって、信じる者には永遠のいのちへの希望が与えられている(ヨハネ11:25)。たとえ欠けがあっても、神の愛と恵みこそが、私たちを生かす神の力である。日々私たちは十字架を仰いでいるだろうか。

9月27日 聖日礼拝 桑原晴美伝道師  

「忍耐する者への祝福」 ヨハネの黙示録3章7〜13節

フィラデルフィアは紀元前2世紀頃、アッタロス2世(フィラデルフォス=「兄弟を愛する者」の意)が建設した町である。この王の名にちなんで町の名は付けられた。教会はまさに兄弟を愛する者の集まりである。
ダビデの鍵を持つイエスは、彼以外だれも閉じることができない門をあなたの前に開いておいたと言われる。それは永遠の神の国への招きだと言えよう。彼らが少しばかりの力があって、キリストの忍耐を模範とし、サタンの会衆に属する者たちの攻撃を忍耐し、その教えを堅く守り抜いたからである。
キリストの忍耐とはまず、私たちの罪の贖いとして、十字架の辱めを忍んでくださったことである(ヘブル12:2)。
さらに、救われてなお弱さのゆえに神を悲しませてしまう私たちのために、忍耐をもって父なる神にとりなしていてくださるのだ(ローマ8:32)。そこには私たちを悔い改めに導こうとされる愛がある。私たちが忍耐できる根拠はただキリストの忍耐にある。

 

聞こえていますか、あなたを呼ぶ声  

人はだれでも愛されたいと思います。愛なしでは生きられないように造られているからです。人はだれでも永遠を思います。永遠に生きるように造られたからです。人はだれでも真実なものに感動します。真実な神が私たちの創造主だからです。
 事実、私たちを造られた神は、「わたしの目には、あなたは高価で尊い。私はあなたを愛している」と語りかけておられます。
 ここに私たちの人間としての尊厳があります。
 砂漠に放置された時計は、どんなに正確に時を刻んでも、それを造った人間と向き合い役に立たない限り、空しいと思うでしょう。
 私たちがどんなに発達した文明の中にいても、どこか孤独で空虚で不安な理由は、私たちを限りなく愛しておられる神に背を向けているからです。私も思春期に大きな挫折の中で、聖書を通してこの神にお出会いして、六十数年、喜びと希望に生かされて来ました。
 教会こそあなたの生きる意味と生きる喜びを与える唯一の場所です。
 東京若枝教会は、あなたをお待ちしています。
     牧師 飯塚 俊雄

教会紹介  

私たちの教会は1968年、練馬区関町の借家の八畳の板の間から始まりました。
現在の牧師は音楽性ゆたかな飯塚弘道牧師です。
地域の方々に愛され、親しまれ、今や毎週の聖日礼拝には90歳をこえる方々から、働き盛りのパパやママ、青年、学生、中高生、小学生はもちろん、赤ちゃんにいたるまでたくさんの人々でにぎわいます。
牧師の心は温かく、お話はわかりやすく、慰めといやしと希望のメッセージはきっとあなたの心にも届くでしょう。

※当教会は統一教会、モルモン教、エホバの証人、幸福の科学とは一切関係ありません。
また当教会では駐車場整理の都合上、車でお越しの方には駐車票の掲示をお願いする場合があります。ご理解のほどお願いします。

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