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ようこそ!教会は心のくつろぎの場です。
教会は魂の深い渇きが満たされる場です。
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メッセージ
お知らせ
新型コロナウイルス対策を踏まえた教会活動の注意事項に関するお知らせ (2023/11/24 更新)
ジョイタイムに関するお知らせ (2022/1/19 更新)
感染予防対策をしてお待ちしております。詳しくはジョイタイムをご確認ください。
ママとキッズのホッとタイムに関するお知らせ (2023/4/7 更新)
感染予防対策をしてお待ちしております。詳しくはホッとタイムをご確認ください。
礼拝メッセージ
11月30日 聖日礼拝 矢吹潤さん
「受け取る信仰」 ヨハネの福音書21章17節
神を信じることは果たしてたやすいことだろうか、それとも難しいことだろうか。信じるものも、信じていないものにも考えがあるだろう。どちらであったとしても「難しい」と答えるのであれば、なにが信じることを難しくしているのだろうか。考えてみたい。
すぐに挙げられるのは、
・目に見えない存在であるから
・神の全能性に疑いがあるから
・語られる神が理解できないから
また、神を信じているものであっても、
・祈りや願いが聞かれない
・罪を犯してしまう、教理に反してしまう
・教会生活でつまずいてしまう
その他にももっとあげられるだろうか。何を隠そう、これらは一般論を装ってあげた私が神を信じることが難しいと思う理由である。
日々の生活で問題に直面し「助けてください」とすがり祈る。そして喉元過ぎればなんとやら・・・ その繰り返しの中で信じることの難しさを覚えた信仰生活。
自身の力に拠らない、神から始まる、受け取る信仰によって易しいものへと変えられたい。
11月23日 聖日礼拝 桑原晴美伝道師
「ともに収穫を喜ぼう」 ヨハネの福音書4章31〜38節
1、 この箇所は、「イエスとサマリアの女」の物語の中に置かれている。イエスから福音の種を蒔かれた、サマリアの女が、今度は町に出ていき種を蒔く者となった。サマリア人への宣教が開始されたのである。31−38節はイエスが神の宣教のビジョンを弟子たちに語られた場面なのである。
一、「わたしには、あなたがたが知らない食べ物がある」(32節)。肉体的な空腹を満たす食べ物ではなく、イエスの食べ物とは、彼を遣わした父なる神のみこころを行い、救いを完成させることであった。それによって、イエスご自身の霊が満たされ、生かされておられるのである。
一、「色づいて、刈り入れるばかりになっている」(35節)。イエスが見ている神の国のビジョンを私たちは見ているだろうか。終末を前に、救いを待っている人々がいる。
一、「蒔く者と刈る者が共に喜ぶため」(36節)。宣教の働きに招かれた私たちは、ある者は祈り、ある者は伝え、ある者は生き方を通して証しする。人がイエス・キリストの十字架の死と復活によって、罪から解放され、永遠のいのちを頂いたと信じるとき、それは労した者たちがともに喜ぶときとなる。天においてもともに御使いたちも喜ぶのである。
11月16日 聖日礼拝 富居博典牧師
「愛をもって仕え合う」 ガラテヤ書5章7〜15節
パウロは挨拶早々に間違った教えに惑わされているガラテヤの信徒を叱責している。その教えとは「割礼を受けなければ救われない」と言うものです。しかし救いは主の十字架の恵みにより、信仰によるものであり、割礼を含めた律法によるものでは決してありません。これを踏まえてキリスト者の自由について5・13から学びたい。
一、本当の自由とは
自らに由って立つ生き方こそが自由だと考えるかもしれません。しかし神から離れては生きる目的もゴールもわからず不自由になるだけです。神との関係を回復し、御許に帰ってこそ自由を得るのです。(ルカ15・11〜24)
一、自由を肉の働く機会としない
たとえキリスト者であっても肉に生きてしまう危うさがあります。御国へ行けるのだから自由気ままに、あるいは形式や結果にこだわる考えがそうかもしれない。いつもキリストの愛に満たされ、肉の働く隙を与えてはなりません。
一、愛をもって互いに仕え合う
倣うべきは弟子たちの足を洗われたイエス様です。(ヨハネ13・1〜15)罪と律法の奴隷から解放された私たちはキリストの愛に押し出されて互いに仕え合うのです。それこそが信じる者の本当の自由です。
11月9日 聖日礼拝 桑原晴美伝道師
「ただ神の恵みによって」 使徒の働き15章1〜11節
一、「この問題について協議するために集まった」。7節に、多くの論争があった後、と記されているが、ときに意見の対立もあり、長い時間を要することもある。しかし、どのような問題に対しても、これは神が教会を導こうとするときに与えられる必要なプロセスだと受け止めることができれば一致を得る。一致によって神のご計画の中を新たに一歩進ませて頂くことができる。
一、「神はユダヤ人と異邦人の間に何の差別もつけず、彼らの心を信仰によってきよめてくださった」。「神が」ペテロを通して異邦人が神を信じるようにされ、「神が」異邦人にも聖霊を与えて証しされた。神が主導権を握っておられる。エルサレムでの協議の過程は、異邦人の救いは新たな神のご計画であると、目が開かれて行く過程であった。
一、「私たちは、主イエスの恵みによって救われる」。恵みは一方的に神から注がれる愛である。律法による義ではなく、信仰によって義と認められる恵みの時代が来た。イエス・キリストの十字架の愛以外に救いの根拠となるものはない。使徒たちが聖霊の働きを認識していたように(28節、聖霊と私たちは)、この救いを私たちは聖霊に導かれながら隣人に伝えて行くのである。
聞こえていますか、あなたを呼ぶ声
人はだれでも愛されたいと思います。愛なしでは生きられないように造られているからです。人はだれでも永遠を思います。永遠に生きるように造られたからです。人はだれでも真実なものに感動します。真実な神が私たちの創造主だからです。
事実、私たちを造られた神は、「わたしの目には、あなたは高価で尊い。私はあなたを愛している」と語りかけておられます。
ここに私たちの人間としての尊厳があります。
砂漠に放置された時計は、どんなに正確に時を刻んでも、それを造った人間と向き合い役に立たない限り、空しいと思うでしょう。
私たちがどんなに発達した文明の中にいても、どこか孤独で空虚で不安な理由は、私たちを限りなく愛しておられる神に背を向けているからです。私も思春期に大きな挫折の中で、聖書を通してこの神にお出会いして、六十数年、喜びと希望に生かされて来ました。
教会こそあなたの生きる意味と生きる喜びを与える唯一の場所です。
東京若枝教会は、あなたをお待ちしています。
牧師 飯塚 俊雄
教会紹介
私たちの教会は1968年、練馬区関町の借家の八畳の板の間から始まりました。
現在の牧師は音楽性ゆたかな飯塚弘道牧師です。
地域の方々に愛され、親しまれ、今や毎週の聖日礼拝には90歳をこえる方々から、働き盛りのパパやママ、青年、学生、中高生、小学生はもちろん、赤ちゃんにいたるまでたくさんの人々でにぎわいます。
牧師の心は温かく、お話はわかりやすく、慰めといやしと希望のメッセージはきっとあなたの心にも届くでしょう。
※当教会は統一教会、モルモン教、エホバの証人、幸福の科学とは一切関係ありません。
また当教会では駐車場整理の都合上、車でお越しの方には駐車票の掲示をお願いする場合があります。ご理解のほどお願いします。
